親切な情報共有の先に3/3
旦那さんは、後ろから車ですすーっと近寄った。
窓を開けて、呼び止めようとした。
「きみ、〇〇君かな?さっき校帽を落とさなかった?
あの建物の、植木の上に置いてあるよ。」
だが、思い留まった。
車から声をかけるなんて、不審者が最もやりそうな行動である。
おまけに
名前で呼びかけるなんて、誘拐犯が使うやり口そのものである。
不審者に注意せよ、のよくあるイラストでは
乗っている車は、だいたい黒で表現されることが多く、
決まって中年の男性で描かれる。
旦那さんの車は、黒かった。
そして旦那さんは、紛うことなき中年。
ついこの間も
女子中学生に不審者と思われ、走り去られたばかりだ。
今回も不審人物と怪しまれ(怪しまれるだけなら構わない)、
その地元では、
白昼堂々の誘拐未遂?という一件で
役所の市民安全課に回され、
保護者へ向けて不審者情報が流され
幼保小中校の間で瞬く間に共有されて、親御さんたちは一層不安になる、
ということが想像された。
旦那さんはそのまま、少年のそばを通り過ぎたという。
校帽を掛けておいた植木は、道路へはみ出気味であった。
その前を通れば、必ず気づくであろう。
…
アポ先から帰ってみると
植木の上の校帽は、無くなっていた。
たった一言の親切も
切り出しにくい世の中になったものだ。