neillot’s diary

サラリーマンで三児の母の、はちゃめちゃ感あふれる日常

安定感のある男

n、自分自身を表彰して(?)電子ピアノを買った。

〝ご褒美は、盛大に。〟


値段の高いお買い物の前には、

「あの…買いたいものがあるの…」と旦那さまに可愛らしくおねだりする妻

が彼の妄想上では、あるべきnの姿らしいですが


実際は…まこと残念なありさまです。


購入の数日前。
妻は、口頭ではなくLINEで
旦那さんに報告を入れる。まるで仕事のように。


「何月何日に、電子ピアノが届く。モデルは下記のリンク参照。品番はこれこれ。

以下の予定を確認されたし。
異議ある場合は、何日までに要返信。


何月何日の夜
家具の移動。手伝い不要。

何月何日の午前
ピアノ到着。配達は設置込み。手伝い不要。

何月何日の夜
不用家具のゴミ出し。粗大ゴミシール購入済。【要手伝い】
一人では持ち上げられなかった。

以上。」



彼の妄想上の可愛らしい妻 とやらが
脆くも崩れ去って、はや数年。


未だに儚げで頼りなさげな妻像を、
nにときどき求める旦那さん。


事実、最も頼りがいありそうな
ドスコイ系母ちゃんに進化を遂げたというのに


彼は現実が見えていない…。
彼こそ、イリュージョンを見ているのではなかろうか…。
(イリュージョン返し↓)
neillot.hatenablog.com




旦那さんの、変わらぬ安定した思い込みに
nは深く感謝いたします。




お誕生日、おめでとう。

百人一首 おまけ

二人のやり取りには、続きがある。

行成さんも、清少納言さんの和歌を受けて
こんな和歌を返している。


逢坂は 人越えやすき 関なれば
鶏鳴かぬにも 開けて待つとか


「逢坂の関は、今では廃止されて通行自由。
特に鶏が鳴かなくても、関を開けて
人を待っているとか…

もしやあなたも、そうなんじゃないですかぁ?」



きわどい。

きわどいが、ほとばしる才気に拍手喝采である。



清少納言さんは、その歌を
お仕えしている定子に献上したそうな。


「私の思いやりで、人目に触れさせないようにしておきましたよ。」


「あれが人目に触れたら、どんなにつらいことか。」



百人一首は、初め
かるたではなかったそうです。


江戸時代に、かるたになり
以降およそ400年もの間、人目に触れられ続け

そして現代人の私たちまでも
学校で暗唱するように教えられ


大々的に
多くの人の知るところとなっている。

百人一首5/5

たまたま
旦那さんの蔵書にあった一冊を読んでいたら

百人一首に収められている、清少納言の和歌に出くわした。


山本 淳子著 「源氏物語の時代」を参考に
和歌が誕生するまでの背景を
追ってみる。


その歌は
藤原行成という人物とのやりとりの中で生まれた。


行成さんは側近。
当時の帝である一条天皇に仕えていた。

清少納言さんは女房。
一条天皇の妻、定子に仕えていた。


行成さんと清少納言さんは
一条天皇を介して、宮中に勤める側近と女房という関係であった。


とある夜。
行成さんは清少納言さんとおしゃべりをしていたのですが
都合で真夜中に帰っていった。


翌朝、彼は詫び状をよこす。
「昨夜は鶏の声に急き立てられて失礼しました。」


漢文の教養深い清少納言さんは、中国の史記を思い出す。

「夜の鶏と言えば、孟嘗君 もうしょうくん ね。」


すると行成さんは、こう返した。

「たしかに孟嘗君が秦を脱出するとき、鶏の鳴き声を真似て
函谷関 かんこくかん の門を開けさせましたね。

しかし
昨夜の関所は、函谷関ではありません。
あなたと私の、関所、です。」


そんな冗談を受けて返した和歌が、

現在の百人一首に載っている
前述の歌である。



夜をこめて
鶏のそら音は はかると
よに逢坂の 関は許さじ



夜更けに鶏の鳴き真似をしてみせても
私の恋の関所は、ガードが固いわよ。




25年来の謎が解けた。


平々凡々に暮らす当時のティーンに、

そこまでの深読みはできまい。

百人一首4/5

中でも当時、一番謎だった歌は
清少納言の一首


よをこめて 鶏のそらねは はかると
よにあふさかの 関はゆるさじ


であった。


当時中学生のnは、
現代訳を読んでも、さっぱり分からなかった。


(中国の故事にならって)鶏の鳴き声をまねてだまそうとしても
逢坂の関は、通さないのですよ。


… ?

なぜ、おおさかの関所?

春野の野原とか、月夜とか、もみじ、とかなら
歌のモチーフとして詠み込まれても分かるのだけど・・・。



歌の背景と、
メタファーが隠されていたことを知ったのは、


もっと後
大人になってからだった。


実は
つい最近知ったのであった。

百人一首3/5

古典文法を学習した中学生でも、百人一首
謎が多かった。


謎1
歌の中に「月」が詠まれていることが多いが
「太陽」は詠まれていない。


考察1
太陽は、昔も今も
眺める対象では無いらしい。


しかも、みなさん夜更かし。
有明の月が見える」ということは、
一晩中起きていたということか…。


謎2
月を眺めつつ、会えない恋人のことを想って詠んだ歌が多い中

「あなたは来なかった…」だの「ひさしく訪ねて来ないですが?」といった、
と恨み節的な湿っぽい?歌が中心で

「あなたと過ごせて楽しかった!また会おうね☆」的な、からっとした明るさに満ちた歌は
見かけない。


考察2
サンサン太陽を歌のモチーフに使わなかったことと、なにか精神上の関係があるのかどうか。


謎3
世の中の儚さ、切なさを嘆いて男女ともに泣いているが、わりと泣き虫だったのか。

着物の袖は、涙でよく濡れるらしい。



考察3
当時、泣くことは愛情表現の常套手段だったのか。



現代人の発想による、10代女子(当時のn)には


平安貴族の精神性は、
はかり知れないことだらけであった。



そして、大人になった今でも
未だよく分かっていない。

百人一首2/5

長女の小学校の担任の先生は、

百人一首がご趣味のよう。

 

4月から早速

クラスで百人一首に親しんでいる。

国語の時間の数分間に、毎日かるたをやっている。

 

まずはステージ1 の20首に取り組んでいるようだ。

 

宿題には出されていないが

歌のプリントが配られ、毎日音読することが推奨されている。

 

長女は、家でぶつぶつ唱える。

そして

合間合間に、質問が挟まれる。

 

―よしののさとに ふれるしらゆき…

 

「吉野ってひとの名前?保育園に吉野先生っていたもんね。

 

しらゆきって、白雪姫のしらゆき?」  

 

―かいなくたたん 名こそおしけれ…

 

「カイナクタタン、どこで切れるの?これ、日本語?

 

おしけれ って、しけろ っていう、命令?

でも お が付いてるから、ていねいな命令?ところで、何が しけちゃうんだろ…。」

 

 

長女独自の解釈は、自由な方向へ広がっていく。

 

 

百人一首

小学生には、いろいろと謎が多い。

百人一首1/5

百人一首


中学の冬休みに
宿題でガツンと出された様に思う。

クラスのみんなは
「百首なんて、多すぎ…!」と不満をもらしたと思う。


「一日10首覚えれば、10日で終わります。
冬休み中にマスターできますよ。」

担任の先生は
日数を掛け算で示してから、こう付け加えたと記憶している。


「年明けの三学期は、百人一首大会をやりますよ!

優勝した班には…なんと。

先生のポケットマネーから豪華な粗品をプレゼントしちゃいます!!」


当時中学生の私たちには、“豪華な粗品” がいったい何を意味するかも分からず

沸き立った。


「豪華なそしな、だって~!何だろ~?」

「先生、学年主任だからさ、お金あるよ。
たぶんリッチな賞品じゃないか?」

といった会話が交わされたかも知れない。


先生の言葉巧みな誘導と
生徒たちの都合のよい解釈で、

私たちはせっせと百首を覚えたのでした。



疑うことを知らないティーンネージャーは、
素直に課題に取り組み

柔らかい頭には
聞き慣れない古語でも、すらすらと百首
入っていった。



およそ二十五年後―


百人一首で遊ぶ機会があった。


普段から和歌に親しんでいないnは
ほとんど忘れていた。



しかし。
やると思い出す。



ここが、大人げなく燃えるポイント。


「もう一回、やろう!」